ケルト神話「銀の腕のヌアダ」ダーナ神族の物語

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女神ダヌを母神とするダーナ神族は、アイルランドに4番目に上陸した種族だとされています。トゥアハ(トゥアタ)・デ・ダナーン(ダナン)とも言われます。

このお話は、彼らがアイルランドに上陸した際のお話です。

 

 

銀の腕のヌアダ



ダーナ神族の王ヌアダは、宮殿のバルコニーに出た。眼下には赤い屋根の家々が並ぶ美しい彼の街ムリアスが見えるが、彼の視線は街ではなくそびえ立つ大きな火山にあった。長らく眠っていた火山はここ数年で目覚めはじめ、黒煙を吹き雷のような声を轟かせていた。彼は不安な時によくやるように鎧の胸当ての太陽の車輪を擦りながら、癒しの神ディアン・ケヒトに言った。
「我々はもうここに長くはいられない。神々を集めよ。夜明けとともに出発しよう」

ディアンが去ると、ヌアダは一族の長老である生と死の神ダグダの元へ行った。ダグダは話を聞くと重苦しく頷き、彼の4つの宝を取りに行った。1つ目は生と死をもたらす魔法の大杖。2つ目は、人の感情や天候を操ることのできる魔法の竪琴。3つ目は食べ物を切らさない魔法の大釜である。

4つ目は、彼の最大の宝である妻のモリガン、戦の女神だ。ダグダは窓から空に向かって口笛を吹いた。すると一羽のカラスが窓枠にとまり、床に飛び降りた。王とダグダの前でカラスは真黒な髪と輝く黒目を持つ女性に変身した。

未来を予見する女神モリガンはその眼差しを王に向けたまま夫に問いかけた。
「親愛なる夫よ、何事でしょう」

彼女はすでに知っている、と王は思った。話を聞いたモリガンは驚かなかった。そして王の鎧を見つめたまま彼女の眼は白色に変わった。

「どうしたのだ?」と王。
「血です」と、彼女は指をさした。王は鎧の腕の部分に3滴の血がついていることに気がついた。腕に怪我はない。モリガンが自分のショールで王の血を拭った。

王は不安になった。彼女が戦士の鎧から血を拭う時、その戦士は戦争で死ぬ、というのは誰もが知っていた。

王はその晩眠れなかった。(彼女は自分の死を見たのだろうか?この街を離れるべきではないのだろうか)

翌朝、神々の待つ波止場へ向かう王の心は重かった。波止場には、文字を発明した神オグマ、鍛治の神ゴヴニュらがいた。

彼らは一族の四つの神器であるダグダの大釜、真の王を選ぶ運命の石リア・ファル、的を決して外さない槍、光の剣を運んだ。
「急げ、神々よ」と風から声がした。海の神マナナンが彼の巨大な船「ウェーブ・スウィーパー」の船首に立っていた。魔法の馬エンバールたちの手綱を引く彼の腕の鱗がキラキラと虹色に輝いた。

ヌアダと神々は、すでに乗船していた数千のドルイド、職人、兵士たちに加わった。
美しい街と黒煙を吹く火山を背後にし、新しい世界を目指して船は出発した。

「飛沫」の名を持つエンバールたちは波の上を疾走し船を曳いた。

しかし、出発から数週間陸は見えず、王は(皆を死に引き連れたのではないか)と心配になり始めた。

ある日、ダグダが王の元へ来て、モリガンが陸を予見したことを知らせた。
「良い知らせじゃないか」と王は答えたが、「それだけではないのだ」とダグダ。2人はデッキの中心でカラスたちに囲まれているモリガンの所へ行った。彼女の目は白く瞑想状態にあった。誰1人喋らず彼女の目が黒く戻るまで待っていた。

「何を見たのだ?」と王は聞いた。「前方に陸があります。しかし、それは大いなる魔法の土地。周囲の海はフォモリアンという恐ろしい巨人に守られていて、彼らは我々の船を素手で潰してしまいます」

神々はしばらく協議し、王が言った。
「海がダメなら空から行こう」

神々と地位の高いドルイドたちは円になり、ダーナの一族だけが知っている古い呪文を唱えながら魔力を中心に集中させた。すると、一筋の煙が現れ、渦巻きながら増えていき、大きな白い雲となった。雲は魔術師たちの円の中で弾け、足元を蛇のように横切り広がり、船を包んだ。船は空へ浮かび上がり、鳥たちが船首の下を飛ぶほどの高さまで上昇した。

神々は、自分たちの新しい家となる緑の美しい島を見下ろした。海岸を見張るフォモリアンたちは、頭の上を通る雲に隠されているものなど知るはずもなかった。

緑の平原を見つけると、神々は船を着陸させた。王は土地の美しさに驚き、数週間ぶりに笑顔を見せた。彼の決断は正しかったのだ。

「この島を "運命の島イニス・ファル" と名付けよう」と王は言った。「我々は運命に導かれた。我々の最期の日までここにいよう」
みんなが同意し、ここを去らない決意として船を燃やした。

しかし、彼らを歓迎しない者たちがいることをダーナ神族は知らなかった。すでにこの地アイルランドにはフィル・ボルグという一族が暮らしていたのだ。

フィル・ボルグの王はダーナ神族の上陸を知ると、最強の戦士スレンを送った。
スレンとの話し合いにダーナ神族側はブレスを送った。

「私たちは戦うつもりはありません」ブレスは言った。「土地の半分を我々にください。もし断るなら、あなた方はダーナ神族の怒りに触れるでしょう」

スレンが伝言を伝えると、フィル・ボルグの王エオヒドは激怒し、軍隊を集めた。

返事を待っていた王ヌアダは、空の黒い影に気がついた。カラスだ。変身を解いたモリガンは言った。「彼らの王は軍隊をこちらに引き連れています」
「ならば時間はない。戦闘の準備を」王は答えた。戦の女神モリガンは微笑み、黒い翼を翻して空へ飛んだ。

両軍隊はぶつかり、戦闘が始まった。盾と剣が激しくぶつかり合い、空には槍が飛び交った。

ヌアダは戦いで倒れていく者たちを静観する王ではなかった。怒りの雄叫びとともに倒れた戦士たちを飛び越え、スレンと向かい合った。しかし、光の速さで切り裂くスレンの剣に敵わず、腕を切り落とされてしまった。

王の負傷に激怒したダーナ神族は、スレンを押しやり、王を癒しの神ディアン・ケヒトの所へ運んだ。
ディアンは眉間に皺を寄せて腕のあった場所を見つめた後、鍛治の神ゴヴニュに最高級の銀を持ってくるように言った。
「王は富ではなく、薬が必要なのでは?」という戸惑うゴヴニュにディアンは怒鳴った。「良いから早く!」

薄れていく意識の中で王は思い出した。血を拭ったモリガンはこの腕の怪我を予見していたのだ、と。彼女は王の死も見たのだろうか?

ゴヴニュが銀を持ってくると、ディアンは世界の始まりと同じくらい古い呪文を唱え、銀に魔法をかけ始めた。

翌朝、王は銀によって作られた魔法の腕とともに戦場へ戻った。生身の体と金属を併せ持つ彼はかつてないほど強い戦士の王だった。この日から彼は、銀腕のヌアダと呼ばれるようになる。

フィル・ボルグは王を失った後も勇敢に戦ったが、4日目にはダーナ神族が優勢になり、フィル・ボルグを国から追い出した。

ヌアダ王は、王の居住地であるタラへ行き、運命の石リア・ファルを丘に鎮座させた。彼が石の上に手を置くと、石は叫び、彼が正真正銘のアイルランドに相応しい王であることを宣言した。




リア・ファルは現在もタラに立ち、次なる真の王の手が触れるのを待っている。


ダーナ神族は、アイルランドに2番目に上陸した「ネウェド」の末裔とされています。北の四つの島に避難していた彼らは、それぞれの島からひとつづつ宝を持ってアイルランドに帰還しました。しかし、5番目に上陸した「ミールの息子たち」との戦いに敗れ、異界の妖精になったとされます。

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